降旗 学の「長目飛耳」

ブラジャーは、輝きを支えるためにある

 ブラジャーは、プラモデルで言うところの“見取り図”をパーツ別に型紙にし、それをトルソにあてがって調整を図る。私は、描いた円の半径に切れ目を入れ、擂り鉢状にしたものがブラジャーのカップだと思っていたが、そうではないらしい。

ブラジャーの設計図ブラジャーの設計図

 「ブラジャーは大きく四つのパーツに分けられるんですよ。まずカップがあって、それを支える土台……、アンダーバストにあてがわれる部分ですね。それから背中にまわるバックと、肩にかけるストラップです。カップは、トップとアンダーの差で、A、B、Cと分けられます」

 そのカップも、型紙では二つないしは三つのパーツからなるという。

 かたちは、きわめて広い鈍角を持った緩やかなイチョウ型といった感じだ。カップの大きいものはイチョウも大きくなり、それらを重ねてバストにフィットする丸みが再現される。

 また、大きさとは別に、バストを覆う面積によってカップは三つの型に分類される。スタンダードになるのが“4分の3カップ”で、文字どおりバスト の4分の3がカップで覆われる。夏の主流になるデザインが“2分の1カップ”。そしてバストの豊かなひと向けの“1分の1フルカップ”の三種類だ。

 興味深いのは、いま記した順にカップの型が変わるに連れて、ストラップの位置も内側へスライドしていることだ。バストの重みをどこで支えればもっとも効率的で快適かという、これも人間工学に基づいた視点からデザインされているのだ。

 「私たちは、これまでの研究の成果や収集したデータをもとに、より快適なブラジャーの設計図を描くのが仕事になるのです。研究所で開発試作品をつ くり、型紙の設計をして、サンプルづくりは社内の別の部門が実施しています。縫製加工されたのち、試作品が研究所にあがってきて、フィッティングをして修 正を図るやり方です。デザインはまた専門の部署の担当になりますが、商品化の前にサンプルがあり、そのサンプルの前段階の開発試作品をつくっているわけで す」

 湯浅は、開発試作品をトルソに装着していく。

 ブラジャーは“寄せて、あげて”が美しく見せるコツだが、基本はバックで引っ張り、ストラップをかけることでフィットするのだという。

試作品をトルソに装着

 トルソに試作品を装着する湯浅の手際のよさは羨ましくなるほどだ。そして、バストの脇からブラジャーに人差し指を入れ、しめつけすぎる、緩すぎるといったフィット感を確認していく。この、人差し指一本の隙間が、実は重要なポイントになる。

 「十年前二十年前のブラジャーは美を強く意識していた。いまは快適性が求められています。ベースは美しく、そのうえで快適である、健康的であるということですね。美しく快適で、なおかつ健康的でないと受け入れられなくなっているのだと思います」

 とてもお洒落なデザインでも、つけてみたときに感触がいまひとつだったり、逆に、つけ心地は申し分なくてもデザインが平凡すぎるとか、お洒落感覚 を味わえなければブラジャーとして完結していないということだ。デザイン重視でもいけないし、機能性重視でもいけない。それがブラジャーの難しいところ だ。

 快適性を追求できるようになったのは、素材の開発が大きいと湯浅は言う。現在、ブラジャーの素材に使われるのは、スパンレックスというポリウレタ ン糸を生地にしたものだ。伸縮性に優れたこの素材はおよそ200%も伸び、最大で300%から400%に及ぶものもあるのだそうだ。主に脇の下からバック の部分に用いられることが多いが、この伸縮性がフィット感と快適性の実現に大きく役立っている。

 下着メーカーとしては初の試みとなった形状記憶合金使用のブラジャーも同様だ。従来、バージスライン(バストの輪郭部)を支えていた鋼材ワイヤー に代わる新素材の開発も、ブラジャーの可能性を大きく拡げてきた。ストラップがなくても着くずれが少ない“ストラップレスブラジャー”や“シャキッとブ ラ”の名称で発売された、つけただけで姿勢が美しくなるという“姿勢美ブラジャー”の開発につながっている。

 参考までに、ブラジャーをすると姿勢が美しくなるという理由をご存知だろうか――?

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このコラムについて

テーマは“仕事と夢と男と女”。世の中にはこんな仕事もあるのかというような仕事、知ってはいるけど実態までは知らない仕事がある。そんな仕事に生 きがいを見いだす人、夢に向かって走り続ける人、そして、仕事と恋の狭間で揺れる人々の思いを活写するルポエッセイ。タイトル「長目飛耳(ちょうもくひ じ)」とは“遠くのことをよく見聞する耳と目”の意。

筆者プロフィール

降旗 学(ふりはた・まなぶ) 

ノンフィクションライター。1964年、新潟県生まれ。神奈川大学法学部卒。英国アストン大学留学。96年、第3回小学館ノンフィクション賞・優秀 賞を受賞。主な著書に『残酷な楽園』『敵手』『松坂大輔 証明』他、剣崎学のペンネームで書いた『都銀暗黒回廊』など。近著は『草野球をとことん楽しむ』(新潮新書)

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