かの地で眠る古の人へ






 そこはよく、大気がこの広場を見渡すためにいる場所で、それを二人も知っていた。

「ねぇ、大気」
「なぁに?」

 大気はぐいっと缶を煽ってから、ゆなみーに返事をしたが、視線は常に前にあって夕陽に染まるギランの街を見ていた。

「なんでさ、心に引っかかりがある時にすぐに頼ってこないかなぁ」
「あはは、あたしの悪い癖だよねぇ」
「治す気あるの?」
「ないっ!」

 ゆなみーの言葉に、大気はケラケラと笑いながら答えて、えんじぇるだすとにジト目で睨まれて、次はおどけて見せる。

 そんな言葉のやり取りも、大気にとっては貴重であったし、二人もそんな大気が不思議と好きでいた。

「二人はさ、セブンサインクエ遂行したよね」
「うん。めんどくさかったけどね」
「えんじぇるはそう言うと思ったよ」
「大気、えんじぇるはクエを始めた時からめんどくさーいって言ってたんだよ」

 面倒くさいというえんじぇるだすとらしい答えに大気は微笑んで、ギラン広場の銅像を見上げた。

 彼女の言う通り一連のクエストは面倒ではあったのだが、大気はその終わり方に引っかかりがあったのだ。

「大気さ、そのクエが気になってあんなところでまたぼーっとしてたわけ?」
「うん…、まぁね」

 えんじぇるだすとは驚いたように、けれど相変わらずだなぁと言うように、盛大にため息をついて見せた。

 大気はそれを見てクスクスと笑って、ふいに真面目な表情に戻る。

「黄昏の貪欲の封印が初めて解かれた日に、アナキムが使途に現れて、倒すべき敵のはずなのに、どうしてこんなにも綺麗なんだろうって思ったんだ」

 不覚にもそう思ったと言う風に、缶を煽ってから一息吐く大気。

「でもね、あのクエでどうして敵でいるのかが不思議になっちゃったんだー」
「どういうことよ」

 えんじぇるだすとは、酒を喉に通してから大気に問うた。

「なんとなくわかるなぁ」

 ゆなみーはプルタブを爪で弾いて、缶をゆっくりと回すように揺らした。

 その仕草は幼さの残るドワーフ娘なはずなのに、何処か大人びて見えて、可愛いと大気は思ってしまう。

「私、大気の言う事はなんとなくわかる」
「ゆな?」

 えんじぇるだすとが同じように缶を揺らすとちゃぷんと、中の酒が音を立てた。

「だって、良く考えてもみなよ。あれは、自分を犠牲にして…ね」

 どこか言い含んだようなゆなみーの言葉に、えんじぇるだすとも気付いたようで、小さく唸った。

「たしかにねー。感情移入しやすい大気が考えそうなことだ。わたしも、似たような事思ったけど今は思わなくなった」
「えっ?!あたしってそんなに分かりやすかった?」
「うん」
「当たり前」

 えんじぇるだすとの頷きに、ゆなみーがわざとらしく、強く頷いた。

「でも、あたしたちはあの場所で"ここに戻る"という選択をした。それは間違ってないと思うの」
「どうして?」

 大気は、残った酒をぐっと煽って空っぽになった缶を弄る。

「あたしたちは、あの場所で起こった事や出会った人に言われた事をちゃんと心の中に仕舞って、覚えていればいいんだって」

 大気のその言葉に、二人は柔らかく微笑んだあとニヤリと笑った。

「そうだよね。あの場所で皇帝様は約束を交わしてくれたものね」
「いいこと言うじゃん、大気も」
「えんじぇる…。それはないでしょ、普段あたしがいいこと言わないみたいに聞こえる」

 大気の呆れたような声にゆなみーがからかうように笑い、えんじぇるもニヤつきながら大気の肩に手を置いた。

 時々通りすがっていく血盟の仲間も周知の中の三人に、笑顔で声をかけたりしながら三人は会話を続けた。

「で、結論は出たの?」

 えんじぇるが大気にそう問うと、大気はうーんと言いながら酒缶を左側にコンと置いて、膝の上に置いた自分の掌を見つめた。

「時々思うんだ、あたしは文字通りの聖職者で、多分これからもずっといろんな人にヒールをして、回復させていくの」

 大気は、ゆっくりと掌を空に向けてぽつりぽつりと話しだした。

「あの時、アナキムを救えなかったのかなって思う事もあるし、今のアナキムにはあの時のような美しい瞳は見られない」

 二人は相槌も打たずに、大気の紡ぎだす言葉を一つ一つ、聞いていた。

「アナキムは何を思ってあたしたちを待っていたのか、そんなこと今は分かんないし、考えても答えは出ないんだ」

 空に向けていた掌を膝の上に戻してから、空に視線を上げ「でもね」と続けた。

「でも…そうだな、きっとこの先もきっと彼女に会う機会は多いと思うし、リリスとアナキムの関係も分かってくるような気がする」

 リリスとアナキムの関係、それはシーレンの子供か、アインハザードの使者かの違いだけじゃないか、と以前誰かが言っていたのを二人は思いだしていた。

「この先、きっともう一度アナキムの意思を垣間見る事が出来るような、そんな気がする。だからあたしは、今は彼女の想いを心に仕舞って、その時を待とうと思う」

 そう言った後、左右に座る二人を交互に見つめて、大気は「ありがとう」と呟いた。

「このやろ!憎い、実に憎い!」
「ちょ、えんじぇる!髪ぐしゃぐしゃにするなぁ、猫耳もずれる!」
「あはは。でも大気らしい答えだよね、えんじぇる」
「へ、わたしは大気なら酔った勢いで毒舌吐きまくるか、生真面目に考えるかのどっちかだとしか思ってない」

 えんじぇるだすとは、大気の髪をわしゃわしゃと撫でまわしながら、笑みを浮かべた表情で前者と後者を例に挙げると、

ゆなみーは「いつもなら前者ね」と小さく呟いた。

それを聴いて、ふくれっ面になった大気を見て安堵したような、そんな表情を浮かべる友人二人に大気は、この二人に聞いてもらってよかったと思った。

「でもさぁ、大気がそうして悩むってすごく久しぶりな気がするなぁ」
「え?」
「だって、わたしとゆなと知り合った頃なんて、毒舌吐きまくりの他人拒絶しまくり、愛想のいい表情しかしなかったじゃない」

 えんじぇるだすとの突然の言葉に、大気は若干申し訳なくなって、マントを引き寄せ自分の身を包み込むようにした。

「ど、毒舌も信頼を置けなかったのも事実だけど…」
「でも、私はあの時要塞で聞いた大気の歌声は好きだったなぁ」
「ゆな?」
「そうそう、居なくなった人を思って歌う大気がねぇ」

 ニヤニヤと擬音まで付いてきそうな二人の笑みに、大気はため息を吐きながらうなだれた。

「場所、わきまえるんだったわ…」
「今更後悔しても、おっそいのよ!」

 バシバシと背中をたたかれて、大気は乾いた笑いを洩らす。

「でも、それがあったから私たち、大気に会えて、こうして一緒に居られるんだよね」
「友としても、仲間としても」
「うん、二人には感謝してる」

 ゆなみーが言った言葉に被せるように、えんじぇるだすとも言葉を紡いだ。

 その言葉を素直に受け入れた大気は、嬉しそうに微笑んで、感謝の意を述べまた三人笑いあう。

「あ、さっきのヒュブナーにもらったのってなんだったの?」
「あぁ、そうだね」

 ゆなみーが気付いたように声をあげて、大気の方に身を乗り出してきた。

 大気はポシェットからその封筒を取り出すと、ドワーフ独特の紋章で封をされた封筒にペーパーナイフを差し込んだ。

 開いた封筒からヒラリと膝の上に落ちてきたそれは、ゴダード領地にある温泉の無料券と一枚のカード。

「なになに?『悩むのは結構な事だが、答えの急ぎすぎも体に毒。温泉にでも入って日ごろ傷付いた体を癒すといい』…だって」

 大気はそのカードを読み上げると、膝の上にある三枚の無料券に視線を映した。

 "期間中なら何度でも入浴可能"と書かれた、その券を見ると「やったー!」と盛大に喜ぶ二人、そして大気はヒュブナーにも

気付かれていたのか、とまたしてもうなだれる事になる。

「ゴダードに向かおうか、夜空見上げながら入る温泉も格別っしょ」
「じゃぁ、わたし大気のおごりで温泉酒のみたいー!」

 えんじぇるだすとの"おごり"という単語にやれやれと肩を竦めて、ゆっくりと首を彼女に向けて睨んだ。

「ゆなみーに奢ってもらえばいいじゃん」
「私、やだ」
「えー!なんでよ〜」

 酒缶をゴミ箱に捨て、やいのやいのとゲートキーパーの元へ向かうために立ち上がり、三人はマントを翻して歩きだした。

「あっ」

 既に日も陰った時間帯で、ゆなみーは人にぶつかってしまい、よろめいたが大気がすかさず受け止めて、ゆなみーを抱き上げた。

「うわー、ゆな羨ましい」

 ゆなみーは状況把握に困っており、目を丸くさせていた。

 けれど大気の猫耳が間近にあり、やっと抱きあげられている事がわかると、普段感じる視線の高さに、ゆなみーは楽しそうにしていた。

「大気はよくそうやって、だっこできるよね、羨ましい限りだわ」
「えんじぇる、あたしが妙に力が強いの知ってるでしょ」

 仮にもデスティーノの重装備を着ているドワーフを抱き上げるのだ、華奢な腕からは想像もできないと、えんじぇるだすとは面白そうにしていた。

 三人そろってゲートキーパーの前に行けば、いつものように彼女は苦笑いを浮かべ、時空の扉を開いてくれる。

「良い旅を」
「…いってきます!」

 ゲートキーパーの一言に応えるように、大気はどこか遠くを見つめるように微笑みながら振り向いて、そう言って時空の扉へと消えていった。

 彼女たち真実を得るために歩み出した旅は始まったばかり。

 その日、夜遅くまでゴダード領地の温泉には大気たちの楽しく話しあったり笑ったりする声が聞こえていたのだそうだ。

 温泉を訪れる他の客も、彼女たちの楽しそうな会話に混じって小さな宴会に化けたそうだ。
「アナキム、リリス…。これから解かれるであろう、七つの封印の残り四つ。いつか来るかもしれないその日のために、

あたしはあなたたちの想いを心に刻んでおく事にしよう」

 自身の悩みが晴れた大気のその日の日記には、そう綴られ締めくくられていたという。





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